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「おいで」そう言うと、彼女は無言で部屋に入って来た。

未だ、表情は暗い。だが、保護された当時は、それこそ死んだような顔をしていた。

ある日突然、平和だった家庭が、目の前で破壊される恐怖。そりゃ、誰だって、あんな顔になる。

「ほう、以前見た時より、元気そうじゃないか。こんにちは、ここには慣れたかい?」

彼女ははにかんだままだ。これは、原体験から来る恐怖というよりは、単なる人見知りに近い。

「すみません… まだ、人に慣れてなくて…」

「いや、いいんだよ、屈託の無い子供はどちらかと言うと苦手でな」

「それで、この子のこと…」

「残念だが、しばらくは無理だな…」

「そうですか… まあ、無理もありませんがね… でも、方法は無かったんですか?

例えば、特殊学級に編入するとか…」

「別に、彼女は障害があるわけでも何でもない。PTSDの症状も認められなかった。

性格的に引っ込み思案なのも、別に子供時代にはよくあることで、問題無い。

特殊学級に入れる必要性は無いし、この子の特別な要望でも無ければ、無理に学校に入れることもあるまい」

「それは、そうですが…」

「それに、現状で小学校卒業程度の学力を身につけている。運動能力も中学生並みに高度だ。

中学までは、この組織内で面倒を見てやっても、全く問題は無かろう」

「ですが、同年代の友達を持ったことが無いというのも…」

「大丈夫だよ、そこんところも考えてある。とにかく、あと2年待ってくれ」

「…2年ですか… 子供にとっての2年は、長いですよ。ね?」

彼女は唇を噛みしめたままうつむいている。

「皆、我慢のし時なんだ… つらいだろうが…」

自分も、いつの間にか唇を噛みしめていた。

「…ごめんね… 楽しみにしていたのにね…」

彼女は首を横に振った。そしてつぶやく。

「私もわがまま言ってごめんなさい…」

「観里…」彼女の名前をつぶやき、思わず抱きしめた。

 

未だに脳裏に残るあの時の光景。

だが、それも今では思い出のひとつだ。

今目の前には、自慢げに制服姿を見せる観里がいる。

でも… ああ、この時もいつかは思い出になってしまうのであろうか…

「ほら、私のハレの日に悲しい顔しない!」

「ああ… だが…」

「うん… 今まで…本当… ありがとう…」

「何だ? 別れの挨拶みたいに… また組織で顔を突き合わせることになるだろ?

ああ、お前と一緒に風呂に入れなくなったりするのは寂しいな」

「んもー!」

「ははっ! あ、そうだ、これから、新しい後見人が挨拶に来る。

学校が終わったら寄り道せずに帰ってこいよ!」

「はーい!」

「新一年生、友達百人作ってこい!」

「小学生じゃねーよーだ!」

「じゃあ、千人だ! いってらっしゃい!」

「バーカ! 行ってきまーす!」  

 

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