◆ ◆ 「おいで」そう言うと、彼女は無言で部屋に入って来た。 未だ、表情は暗い。だが、保護された当時は、それこそ死んだような顔をしていた。 ある日突然、平和だった家庭が、目の前で破壊される恐怖。そりゃ、誰だって、あんな顔になる。 「ほう、以前見た時より、元気そうじゃないか。こんにちは、ここには慣れたかい?」 彼女ははにかんだままだ。これは、原体験から来る恐怖というよりは、単なる人見知りに近い。 「すみません… まだ、人に慣れてなくて…」 「いや、いいんだよ、屈託の無い子供はどちらかと言うと苦手でな」 「それで、この子のこと…」 「残念だが、しばらくは無理だな…」 「そうですか… まあ、無理もありませんがね… でも、方法は無かったんですか? 例えば、特殊学級に編入するとか…」 「別に、彼女は障害があるわけでも何でもない。PTSDの症状も認められなかった。 性格的に引っ込み思案なのも、別に子供時代にはよくあることで、問題無い。 特殊学級に入れる必要性は無いし、この子の特別な要望でも無ければ、無理に学校に入れることもあるまい」 「それは、そうですが…」 「それに、現状で小学校卒業程度の学力を身につけている。運動能力も中学生並みに高度だ。 中学までは、この組織内で面倒を見てやっても、全く問題は無かろう」 「ですが、同年代の友達を持ったことが無いというのも…」 「大丈夫だよ、そこんところも考えてある。とにかく、あと2年待ってくれ」 「…2年ですか… 子供にとっての2年は、長いですよ。ね?」 彼女は唇を噛みしめたままうつむいている。 「皆、我慢のし時なんだ… つらいだろうが…」 自分も、いつの間にか唇を噛みしめていた。 「…ごめんね… 楽しみにしていたのにね…」 彼女は首を横に振った。そしてつぶやく。 「私もわがまま言ってごめんなさい…」 「観里…」彼女の名前をつぶやき、思わず抱きしめた。
未だに脳裏に残るあの時の光景。 だが、それも今では思い出のひとつだ。 今目の前には、自慢げに制服姿を見せる観里がいる。 でも… ああ、この時もいつかは思い出になってしまうのであろうか… 「ほら、私のハレの日に悲しい顔しない!」 「ああ… だが…」 「うん… 今まで…本当… ありがとう…」 「何だ? 別れの挨拶みたいに… また組織で顔を突き合わせることになるだろ? ああ、お前と一緒に風呂に入れなくなったりするのは寂しいな」 「んもー!」 「ははっ! あ、そうだ、これから、新しい後見人が挨拶に来る。 学校が終わったら寄り道せずに帰ってこいよ!」 「はーい!」 「新一年生、友達百人作ってこい!」 「小学生じゃねーよーだ!」 「じゃあ、千人だ! いってらっしゃい!」 「バーカ! 行ってきまーす!」
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