◆ 稽古が終わると、少年はいつも、赤みを帯びる西の空を眺める。 「マキ、またいつものクセか」 「…うん、綺麗な色だから」 「私には薄汚れて見えるがね… まあ、人の感性はそれぞれだからな」 「僕の時代の夕日は、僕のもの。 お師匠にはわかんなくっていいですよ」 「生意気だな、お前は」 私がかつて見た空とはとても同じとは言えないその空は、 それでも、ここ数年でだいぶ改善されてきたと言えようか。 それもそのはずで、もう、この空を汚す要素は減ってきた、 有体に言えば、人間が少なくなった。 戦争や災害で、人口が減ったというのもあるが、 それ以前に、この星から脱する者が多くいたのである。 技術が発達した、というより、あり合わせの技術で、無理やり宇宙へ出たというのが正しいか。 いよいよ、人類の存亡が問われ始めた時、人類が選択したのが、 滅亡という言葉の定義を歪めるという道。 つまりは、宇宙に分散し、一つの星において、支配権を持ったとは言えないレベルにまで 生存域を狭めることで、ある意味滅亡したとも言えなくもない状況を生み出し、 それが、実際に滅亡と言えるのかどうかを、自然界に向けて問うているのが現状である。 まったく、面倒くさいことをやっているものだ。 誰かが、滅亡かどうかを決めるわけではない。 進化の牽引役を次なる者が担えば、自然と人類は淘汰される。 まだ人類が生き残っている状況であれば、まだ引き継ぎは行われていない、ただそれだけである。 この薄汚れた空は、まだ人類がしぶとく、己の存在価値を手放さない証明であり、 生き残るために抗い続ける決意の旗印でもある。 その赤い夕陽には、もはや、目を焼く眩しさは無い。 だが、それでも、私は涙をこぼした。 「お師匠、泣いているの?」 「空気が汚れているから、目にゴミが入った、それだけだ」 「それでも、目を閉じないんですね、お師匠は」 「人類の歩む道を見続けるのが私の役目だからな」 「僕達は、正しい道を歩んでいるのでしょうか?」 「進む道に、正しいも、間違いも無いよ。 結果を見て、その後の世代が、好き勝手に正負、善悪を決める。 今の時代のお前がどうしようと、それはどうにもならないことなんだ」 「何だか、もどかしいですね」 「ただ、自分がこれは正しいと思えることをやれば、その分、胸は張れるってもんだ」 「…正しいと信じたことをやって、後の世代がどう言おうと、そんなの知ったもんかって 言っちゃえばいいんですね」 「お前が、それでいいと思えば、それでいい。お前の生き方にまで、私は口は挟まないよ」 「そして、お師匠は、僕達の往く道をただ眺めているだけ…」 「そうだ、今まで数多くの背中が、旅立っては倒れて行く姿を見送ってきた。 お前も、旅立ってやがて死んでいく背中の一つだ…」 「お師匠は、その中のどれだけの背中を覚えているんですか?」 「全部…と言いたいが、印象深いのをいくつか覚えているだけだ… 私だって人間のはしくれだ。記憶は完全じゃないさ」 「じゃあ、僕は、その背中の中でとびきり印象深いものになってやりますよ」 「…そうか、期待してるよ」 そう言いながらも、私は、印象深いものになってくれなくていいと、 できることならば、健やかに生きてほしいと、 私に見出された英雄には絶対にあり得ない未来を願っていた。
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