◆ 街を見下ろせる丘陵の公園、そこに、季節に合わない黒いコートを羽織った初老の男性が立っていた。 昼下がりの太陽が照らす町並みは、輝く様にも見える。 そして、公園の上空を、黒い影が旋回し、やがて、地面に降り立った。 「何者だね?」 初老の男性は、後ろも見ずに、音も立てない相手に問う。 「しがないお使いガラスだよ」 と、男性に近づいた黒い影は答えた。 「たたらの…そうか…」 「知ってるのか?」 「長年生きていれば、どこかでは聞くものだ」 「…そもそも、あんたは何者なんだ?」 「私もしがない使いの者でね」 「誰の下で?」 「強いて言えば、そう… 人類かな?」 「そういう存在が、何故殺し屋なんてを?」 「そういう役回りだよ、物語における、悪役さ」 「だいたいわかったよ、あんたが、象徴としての悪人を生み出すことで、 それを討ち倒す英雄が生まれる、そんなとこだろ?」 「まあ、そんなところだ」 「で、英雄サイドが動き出した今、あんたは、何をやってるんだ?」 「ふん、まあ、若者達のお手並みでも拝見させてもらおうかと思ってね」 「ところで、あんた、色々裏では動き回っていたようだな」 「お前もそうだろう? 色々な所で姿を見たぞ」 「こっちはあんたと違って、2パターンしか姿を使い分けられないんでね。 あんたの今のその姿だって、正体ではないんだろ?」 「今更自分の正体なんぞ覚えていないよ」 「一体、いつからこんなことを?」 「もう、前任者との記憶が曖昧に結びついてしまってね… だが、私に直に接触を試みたのは初めてだね」 「まあ、こっちとしては一通り片付いたからな」 「鬼神については口惜しくないのかね?」 「んなことまで知ってんのかよ? そりゃあ、倒せなかったのは悔しいさ。 だが、あいつの判断なら…」 「頂の巫女のこと、気に入っている様だな。愛しているのかね?」 「否定はしねえが、正直、カラスの俺には何ともわからねえな」 「そうか、カラスでも、愛を知るか。うらやましいものだ」 「知らねえなら、知らねえで通す生き方だってあるんじゃねえのか?」 「ありがとう、こういう生業の私にはありがたい言葉だ」 「カラスに礼なんて言うもんじゃねえや。『銀』の名前が泣くぜ」 「そもそもそんな、とって付けた様な名に、愛着など無いのでな」 「まあ、それもそうだ、あんたの名前は何ていうんだ? 覚えているのなら教えてくれ」 「その時々で名乗っていた名なら覚えているものもあるのだが… 駄目だな、思い出せない。 お前の名は? たたらのカラスには名など無いというが…」 「クァ助ってーんだ。残念だが、俺にはちゃんと立派な名前があるぜ」 「そうか… うらやましいものだ、大事にしろよ、その名をな」 「あったりめーだ、今となっちゃ、俺の誇りだよ」 「カラスにも誇りか… お前は、私に無いものを多く持っている様だ… では、クァ助よ、達者でな。余裕ができたら、また語らいたいものだ」 「ああ、無事でいろよ」 「一応、後任が現れるまでは無事でいられるらしい。 それが、いつになるかはわからんがな。では」 「じゃあな」 そして、男性は、丘を下り、黒い影は、再び空に舞い上がった。 そして、誰もいなくなった。
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