街を見下ろせる丘陵の公園、そこに、季節に合わない黒いコートを羽織った初老の男性が立っていた。

昼下がりの太陽が照らす町並みは、輝く様にも見える。

そして、公園の上空を、黒い影が旋回し、やがて、地面に降り立った。

「何者だね?」

初老の男性は、後ろも見ずに、音も立てない相手に問う。

「しがないお使いガラスだよ」

と、男性に近づいた黒い影は答えた。

「たたらの…そうか…」

「知ってるのか?」

「長年生きていれば、どこかでは聞くものだ」

「…そもそも、あんたは何者なんだ?」

「私もしがない使いの者でね」

「誰の下で?」

「強いて言えば、そう… 人類かな?」

「そういう存在が、何故殺し屋なんてを?」

「そういう役回りだよ、物語における、悪役さ」

「だいたいわかったよ、あんたが、象徴としての悪人を生み出すことで、

 それを討ち倒す英雄が生まれる、そんなとこだろ?」

「まあ、そんなところだ」

「で、英雄サイドが動き出した今、あんたは、何をやってるんだ?」

「ふん、まあ、若者達のお手並みでも拝見させてもらおうかと思ってね」

「ところで、あんた、色々裏では動き回っていたようだな」

「お前もそうだろう? 色々な所で姿を見たぞ」

「こっちはあんたと違って、2パターンしか姿を使い分けられないんでね。

 あんたの今のその姿だって、正体ではないんだろ?」

「今更自分の正体なんぞ覚えていないよ」

「一体、いつからこんなことを?」

「もう、前任者との記憶が曖昧に結びついてしまってね…

 だが、私に直に接触を試みたのは初めてだね」

「まあ、こっちとしては一通り片付いたからな」

「鬼神については口惜しくないのかね?」

「んなことまで知ってんのかよ? そりゃあ、倒せなかったのは悔しいさ。

 だが、あいつの判断なら…」

「頂の巫女のこと、気に入っている様だな。愛しているのかね?」

「否定はしねえが、正直、カラスの俺には何ともわからねえな」

「そうか、カラスでも、愛を知るか。うらやましいものだ」

「知らねえなら、知らねえで通す生き方だってあるんじゃねえのか?」

「ありがとう、こういう生業の私にはありがたい言葉だ」

「カラスに礼なんて言うもんじゃねえや。『銀』の名前が泣くぜ」

「そもそもそんな、とって付けた様な名に、愛着など無いのでな」

「まあ、それもそうだ、あんたの名前は何ていうんだ? 覚えているのなら教えてくれ」

「その時々で名乗っていた名なら覚えているものもあるのだが…

 駄目だな、思い出せない。

 お前の名は? たたらのカラスには名など無いというが…」

「クァ助ってーんだ。残念だが、俺にはちゃんと立派な名前があるぜ」

「そうか… うらやましいものだ、大事にしろよ、その名をな」

「あったりめーだ、今となっちゃ、俺の誇りだよ」

「カラスにも誇りか… お前は、私に無いものを多く持っている様だ…

 では、クァ助よ、達者でな。余裕ができたら、また語らいたいものだ」

「ああ、無事でいろよ」

「一応、後任が現れるまでは無事でいられるらしい。

 それが、いつになるかはわからんがな。では」

「じゃあな」

そして、男性は、丘を下り、黒い影は、再び空に舞い上がった。

そして、誰もいなくなった。  

 

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