◆ 宮田は、おもむろに服を脱ぎ始めた。 同時に、自分の過去について語り始めた。 幼い頃、高見先生のこと、小学校時代の孤立、高見先生の姪の自殺、中学時代の例の事件について、 能岡との出会い、前田ユキ、そして前田堂座… 一つ一つ、過去を脱ぎ捨てる様に語る。 宮田の肌が露わになっていく。宮田の孤独な心が露わになっていく。 そして、宮田家の娘としての話。 宮田家は、古来より、神々との精神的交接により、神通力を得てきたという。 だが、それは、神に完全に精神を支配されかねない、危険な行為である。 それゆえに、宮田家は、性的快楽を自在に制御する独特な技術を開発し、 宮田家に生まれた娘は、その技術を幼い頃から身につけなければならず、 そして、身につけたその時から、巫女としての務めを開始するという。 その技術の習得するには、あらゆる肉体的、精神的な恥辱、苦痛が伴われ、 その辱めを受けながらも、巫女としての素質が無いと判断された者のなかには、自殺者も多かったという。 だが、その技術を習得しながらも、神との交流を続けるうちに、精神を壊してしまった者も多いらしく、 宮田は、その中で生き抜いてきた。 宮田家の歴史とは、神と親交を深める歴史ではなく、神との戦いの歴史の様なものだ。 そして、宮田は、ある神からの寵愛を受けることになる。 宮田家の巫女は、この様に、ある神から気に入られ、その神の専属の巫女の様な扱いになることが多く、 その神といかに親密な関係になれるかが、重要なのだという。 そして、宮田は、その神と、独特なコミュニケーションを取り合うことで、親交を深めてきたという。 神は、その気になれば、いかに才能ある巫女であろうと、簡単に精神を支配することができる。 宮田も、当然、儀式の際は、そうされることの恐怖から逃れられない様だ。 だから、神の前では常に虚勢をはり、その様を神は面白がるという。 肉体も精神も、神の前では全てが晒されることになり、そこでは一切の隠し事など存在しない。 自由に弄ぶ事のできるおもちゃが、神の前に捧げられるのだ。 手を動かしたり、脚を開かせたり、全身をベタベタ触りまくったり、投げつけて壊すことだって簡単だ。 分解だってされるかもしれない。好きな様に形を組み換えられたりするかもしれない。 そんな神に対し、身の安全を確保する方法は、 神に気に入られるか、完全に見捨てられ忘れ去られるか、のどちらかだ。 宮田が選んだのは、下手をすれば、神の心証を害しかねない危険な方法である。 「何故… そんな方法を選んだんだ…?」 「嫌だから、嫌って言っただけ。そしたら、それが受けたみたい」 「もしかしたら、殺されたり、ひどい目にあったりしてたかもしれないだろ?」 「ほんと、そうだよね、だけど、気付いたら言っちゃってた。 あの神様に初めて会った時の第一声が『何するんだよ、馬鹿野郎!』」 「あ、なるほど」 「何が?」 「そりゃ、お前に惚れても仕方ねえよ。俺だって、お前にそう言われてたら、 もっと早く、能岡からお前になびいてたかもしんねえな」 「何でよ? 馬鹿って言われて嬉しいわけ? そういう趣味あんの?」 「男って… 俺とその神様だけかもしんねえけど…神様に性別あるのかどうか知らねえけど… 駄目なところを素直に駄目って言ってくれると、意外と嬉しいもんなんだよ。 自分で気にしてるとことか言われると腹立つこともあるけど、 自分で気がつかない駄目なところとかあるじゃん。 そういうところを指摘してくれると、『あ、俺のこと、考えてくれてる、見てくれてる』って 思っちゃうわけだよ。 変に遠慮されて、言われるタイミングが遅くなったり、 後々、怒った拍子でそういうところを引き合いに出されたりすると、 『今更何だよ!』ってことになっちゃうけどな。 第一声が『馬鹿』ってんなら、もう絶好のタイミングだろ」 「そんなもの? あんただけじゃない?」 「だから、そう言ったろ」 俺も服を脱ぎ始めた。 そして、宮田が全ての衣服を脱ぎ捨てた。 照明を消すと、俺の部屋は、日中でもかなり暗くなる。 その暗い部屋に浮かぶシルエットは、美しい。 「それで、何で、俺と…?」 一番気になっていることを聞いた。 だいたい、今の話からすると、宮田は神というものがありながら、俺にもなびく浮気者という風にも 捉えられかねない。それは危険なことなのではないか? 「神様と決別する気はないけれど、私は、この世界の人間なんだって、神様に言いたい。 これは、私の決意表明みたいなもの。 鬼がこの世界に現れたら、人類滅亡が決定づけられる、ってのは、大昔の、神と鬼との確執が原因。 そんなもの、今に生きる人類に関係無い。そもそも、人の精神、その全てに鬼が宿っている。 つまり、人は、理性や表層的な精神で気付かれにくい様にしているけど、その本質は鬼。 それを、積極的に生命の進化に関わらなかった神が見過ごしていて、しかも、 その鬼が覚醒したら、即滅亡決定なんて、クソ喰らえって思わない? そんな人類の考えを、神様に叩きつけるためにも、私は、自分の立場をはっきりさせたいと思ったの」 「別に、俺と寝なくても、方法は…」 「さっき、私が欲望に流される様な奴じゃないって言ったよね? 鬼はまさに、欲望を賛美する存在。神に仕える私が、鬼みたいに欲望丸出しなことやって 神に反抗したら、面白いと思わない?」 「お前、マジ、やべえって!」 「やばいのはわかってる… だけど、ドキドキする… わくわくするの! 今までこんな感覚、無かった! あなたと抱き合う、それを思っただけで… 今まで訓練で、性的感覚は嫌なほど味わってきた。 だけど、これは今までのものと違う…! 喜ぶための性的感覚がこれほど嬉しいものだなんて… 幸せに感じるだなんて… 全く思ってもみなかったことなの!」 宮田が顔を近づける。裸だからか、肌の香りをもろに感じた。 暗くて、身体はよく見えない。だが、その体温が空気を通して伝わってくる様だ。 この身体を抱けば、俺は、神から宮田を奪ったことになるのではないか? 宮田を気遣う様なことは口にしてはいるが、本当は自分が恐いから、宮田を拒んでいるのではないか? すると、宮田は、俺の手をとって、宮田の胸に当てた。 その小さな胸からは、骨や筋肉の感触が伝わる。そして、宮田の鼓動が、マグマの流れを連想させる。 「最後の秘密。私は人の心が読める。あなたの恐怖が痛いくらいにわかる。 だけど、それはあなたが臆病だからじゃない。 その恐怖は、今まで私が心の奥にしまってきた恐怖。 今も尚、たまに私の心の表層まで上がってきては、私を苦しめる恐怖。 だけど、安心して。私があなたを選んだこと、それが間違い無いのなら、 神様なんてが、あなたをどうこうするなんて、できやしない。 私の選択が間違っていないこと、信用できる?」 「… そう言われたら、もう、信用するっきゃねえだろ」 そして、俺達は、唇を合わせた。
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