◆ 気がつくと、目の前に前田が、そして、ハードケースは元に戻っていた。 「あいつには、会えたか?」 「うん… あなたが何者かもわかった」 「そうか… では、始めろ」 「あなたを…殺すの?」 私は、ちらっとユキの方を見た。 ユキは、下を向いて押し黙る。 「そうだ。そうしなければ、引き継ぎができん。 それに、お前は俺を殺したかったのではないか?」 「そうだけど…」 「お前に殺されなければ、俺は死ぬことができない。 メズサの素質のある者に殺されるしか、俺の死ぬ方法は無いのだ」 「私があなたを殺さなければ、あなたは完全に不死身なわけ?」 「そういうことになるな」 「私があなたを殺すのは運命?」 「さあな… 少なくともそれを決めたのは神でもなければ鬼でもないし、たたらでもない。 このシステムは、人の手によって創られたのだ」 「…人が、人の力で、神や鬼神に対抗できると思う?」 「さあな、だが、そういうものに抗おうとする心は太古からあった。そういうことだ」 「人は、人類は、滅亡すると思う?」 「そういう運命ではあるだろう。鬼が現れたのだからな。 だが、どういう形でそうなるのかはわからん」 「人類滅亡なんて、鬼だって望んじゃいないでしょ?」 「人類がどうこうなんて関係無いのではないか? 奴らは、神に勝ちたいだけだ」 「メズサの能力ならば、鬼神に勝てる?」 「力とは、その大きさではなく、使い方だ。わかるだろう?」 「うん、そうだね… 今まで、ありがとう」 「礼を言われる事などしてはいない」 そして、私は前田の心臓を貫いた。 「これで、あなたは死ねる?」 「ああ…充分だ… 俺は…充分に生きた… まだ知らぬことは多いが… もう知りたいことなど無いからな…」 前田の身体が灰の様に崩れていく。 ユキが、前田に駆け寄る。 「堂座… 堂座…!」 「ユキ… 楽しかったぞ… 短い間ではあったが… お前が… いて… くれて…」 「堂座ぁ!!!!!!」 ユキの叫びが響き渡る。 そして、前田は完全に消え去った。 「…前田、さよなら、何だかんだで、私も楽しかったかもね」 次の瞬間、私の頭に、私の知らない記憶が流れ込んできた。 これまでの歴代のメズサの記憶。 伝説や神話、そして、歴史の影に埋もれて行った名もなき英雄達の記憶。 彼らとの語らいの日々、そして、その死に至る、話に聞いただけではわからない、 彼らと触れ合った生の記憶が、自分のものになる。 …すごい、なんてものではない。まさに、この世界を造った記録が、私の中にある。 これが、メズサ…
ユキが私の前に立った。 「…ユキ… 私は、前田を…」 「いいの… それより、これから、私はあなたの正式な守護者。 これで、名実ともに、あなたを守ることができる」 「…私の…守護者?」 「うん。改めて、よろしくね」 ユキは、右手を差し出した。 私は、手に持つ小刀を地面に置き、その手に応えた。 「よろしく」 役目を引き継いだのは私だけではない。ユキも、守護者としての一歩を踏み出した。 人類の運命、それを託された重圧が無いわけではない。 だが、鬼神に対抗する力を得ることができた。 できるかどうかはわからないが、やれるだけやってやろうじゃないか。 メズサとして、頂の巫女として。
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