気がつくと、目の前に前田が、そして、ハードケースは元に戻っていた。

「あいつには、会えたか?」

「うん… あなたが何者かもわかった」

「そうか… では、始めろ」

「あなたを…殺すの?」

私は、ちらっとユキの方を見た。

ユキは、下を向いて押し黙る。

「そうだ。そうしなければ、引き継ぎができん。

 それに、お前は俺を殺したかったのではないか?」

「そうだけど…」

「お前に殺されなければ、俺は死ぬことができない。

 メズサの素質のある者に殺されるしか、俺の死ぬ方法は無いのだ」

「私があなたを殺さなければ、あなたは完全に不死身なわけ?」

「そういうことになるな」

「私があなたを殺すのは運命?」

「さあな… 少なくともそれを決めたのは神でもなければ鬼でもないし、たたらでもない。

 このシステムは、人の手によって創られたのだ」

「…人が、人の力で、神や鬼神に対抗できると思う?」

「さあな、だが、そういうものに抗おうとする心は太古からあった。そういうことだ」

「人は、人類は、滅亡すると思う?」

「そういう運命ではあるだろう。鬼が現れたのだからな。

 だが、どういう形でそうなるのかはわからん」

「人類滅亡なんて、鬼だって望んじゃいないでしょ?」

「人類がどうこうなんて関係無いのではないか? 奴らは、神に勝ちたいだけだ」

「メズサの能力ならば、鬼神に勝てる?」

「力とは、その大きさではなく、使い方だ。わかるだろう?」

「うん、そうだね… 今まで、ありがとう」

「礼を言われる事などしてはいない」

そして、私は前田の心臓を貫いた。

「これで、あなたは死ねる?」

「ああ…充分だ… 俺は…充分に生きた… まだ知らぬことは多いが… もう知りたいことなど無いからな…」

前田の身体が灰の様に崩れていく。

ユキが、前田に駆け寄る。

「堂座… 堂座…!」

「ユキ… 楽しかったぞ… 短い間ではあったが… お前が… いて… くれて…」

「堂座ぁ!!!!!!」

ユキの叫びが響き渡る。

そして、前田は完全に消え去った。

「…前田、さよなら、何だかんだで、私も楽しかったかもね」

次の瞬間、私の頭に、私の知らない記憶が流れ込んできた。

これまでの歴代のメズサの記憶。

伝説や神話、そして、歴史の影に埋もれて行った名もなき英雄達の記憶。

彼らとの語らいの日々、そして、その死に至る、話に聞いただけではわからない、

彼らと触れ合った生の記憶が、自分のものになる。

…すごい、なんてものではない。まさに、この世界を造った記録が、私の中にある。

これが、メズサ…

 

ユキが私の前に立った。

「…ユキ… 私は、前田を…」

「いいの… それより、これから、私はあなたの正式な守護者。

 これで、名実ともに、あなたを守ることができる」

「…私の…守護者?」

「うん。改めて、よろしくね」

ユキは、右手を差し出した。

私は、手に持つ小刀を地面に置き、その手に応えた。

「よろしく」

役目を引き継いだのは私だけではない。ユキも、守護者としての一歩を踏み出した。

人類の運命、それを託された重圧が無いわけではない。

だが、鬼神に対抗する力を得ることができた。

できるかどうかはわからないが、やれるだけやってやろうじゃないか。

メズサとして、頂の巫女として。  

 

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