すると、前田は、構えを解いた。

「何? 降参?」

「まあ、そんなところか」

そして、ハードケースを地面に立てた。

次の瞬間、前田の周囲の霊力が急激に高まり、ハードケースに集中し始めた。

「な…」

そして、前田自身がハードケースに霊力を注ぎ入れ始めた。

すると、ハードケースの中心部に顔の様な光の塊が生じ、

その顔を中心に、髪の毛の様な、光の線が、蛇の様にうねってハードケースを包み込んだ。

周囲は、血の様な、炎の様な、黄金の様な輝きに包まれる。

「見よ、メズサの語られざる歴史を」

そして、気付くと、私は闇の中を漂っていた。

ここは…

遠くに、光の点の様なものが見える。そして、それが近づいてくるのがわかった。

光の点は、少女の姿に変化していく。

まるで、見覚えのある様な、全く見た事が無い様な、不思議な雰囲気を持ったその少女が、

私に語りかけた。

「次代のメズサ…」

「私のこと…?」

「ええ、そうです、あなたはメズサとなるのです」

「メズサ…って、何?」

「メズサとは、人の世の安定を脅かす存在がこの世界に現れた時、

 それを打ち滅ぼす力を持った者を選定し、それに差し向ける者。

 いわば、英雄の選別者」

「前田も、そうだったの…?」

「そうです。そして、次代のメズサの出現を察知し、そのための試練を見ず知らずの者に課したのです」

「見ず知らずの者…? 『焦る者』のこと?」

「いいえ、違います。彼等こそ、試練そのもの。

 彼ら自身に英雄の素質は無く、そんな彼らに英雄としての力を与えても、

 何も為さないまま、身の破滅を招きます。

 そんな者達に接触し、特別な力を持った彼らを英雄視することなく、彼等の身の破滅を静かに促す、

 それこそが、次代のメズサ。そして、あなたがそれをやった」

「待って、私があの人達を破滅させたと!? ちえ姉さんも私が!? そんなはずは…」

「彼女は、あなたを動かすきっかけとなりました。

 前田堂座はそれを狙ってやったわけではありませんが、そういう因果であったのです」

「そんなことのために…ちえ姉さんは…」

「そうです、そんなことのためなんです。この世界に起きている悲しい出来事。

 そこに、いったいどれだけの『真っ当な理由』があるというのでしょう?

 人は愚かです。そこに大した理由が無くとも、大きな事件などは起こってしまう。

 そこに、人は、それだけの理由をこじつけたくなってしまうのです。

 『こんな事故に巻き込まれるなんて、日ごろの行いが悪いからだ』

 『こんな事件の被害に遭うのは、頭が悪いからだ』

 『戦争に巻き込まれる民族は劣っているのだ』

 これらが、『真っ当な理由』として、人類が生まれてから現在に至るまで言われ続けていることです。

 だけど、そのほとんどが、理由なんて、大したことないんです。

 人が生きるか死ぬか、そこに差はほとんど無いのです。

 人は、生存の皿と死の皿を持った天秤であり、天から、常に膨大な数の重りがばら撒かれ続け、

 その重りに押しつぶされながら、生存の皿に重りを乗せて、死の皿に重りが乗らない様に注意しているのです。

 死とは、少し休んでいる間に、死の皿の方に少し傾いただけ、それだけのことなんです。

 休み続けていても、生存の皿の方が重くあり続けている人もいますが、

 天秤を調整する作業を放棄している以上、その人は死んでいる様なもの。

 彼女のことを、尊い犠牲なんて言い方はしません。彼女は生まれた以上、死ななくてはならない。

 それは、全ての生き物に言えることですよね?

 彼女の死を受け入れる必要もありません。生も死も似た様なものならば、

 彼女が死んだことを必要以上に強調する意味は無いのです。

 そして、そんな、儚い命を持った人の世を見つめることも、メズサの大切な仕事です」

「何故、私がメズサに…? 私が頂だから?」

「いいえ、必ずしも、メズサと頂の巫女が兼任されるわけではありません。

 ですが、この世界に現れる超常的な能力者はそれほど多くはなく、

 能力をもって世を治める存在は、その役の兼任が多いことは確かです。

 事実、私も兼任者ですし、前田堂座もメズサと英雄を兼任していました」

「あなたも、メズサ…?」

「ええ、前田堂座…その時は別の名を持っていましたが…彼が現れるまでは」

「あなたは一体…」

「私は、かつて、ここより遠き国で、巫女の一族の末娘として生まれ、

 姉達の言葉を神の言葉として伝える役割をしておりました。

 私の元へは、隣接する大国からよく使者が送られ、

 独立のためと称し、私と床を共にしていきました。

 そして、私を気に入った、ある海軍将軍が、私を隣国に招き入れ、

 宮殿に私を置いたのです。

 その行為が、隣国の妃の怒りを買い、国は潰され、私達姉妹は追放されました。

 そんな私達を助けてくれた存在が、隣国の王の血を引く、前田堂座でした。

 ですが、それを知った妃が、彼に、私達の命を取るよう命じたのです。

 彼にメズサとしての素質を見出した私は、彼に首を差し出すことに決め、

 最初は渋った彼も、私の首を切り、妃に献上したのです。

 かくして、彼は、英雄と称えられ、同時に、メズサとなり、

 その後、世界中に伝説として残る英雄達を輩出したのです」

「ちょっと待って、それって、いつの話よ?」

「正確にいつか、は言えませんが、この話も、伝説として、だいぶ捻じ曲げられて伝えられています」

「前田って、どんくらい生きてるわけ…?」

「さて…どれほどなのでしょうね?」

「あなたも、英雄を…?」

「実は、私は、姉達とメズサの力を分け合っていました。

 そして、姉達と世界をまわり、今では、神話として残っている多くの英雄を見出したのです」

「…そんな役目を、私が…?」

「ええ。それに、あなたは、もう、すでに英雄を見出そうとしているではありませんか」

「それって…誰のこと?」

「うふふ、じきにわかりますよ」

「…この世界に、英雄が現れる必要が生じたの?」

「そういうことになりますかね。まあ、大なり小なり、英雄的存在は常に発生しているのですが。

 まあ、とにかく、これからのあなたのメズサとしての、そして、同時に、頂の巫女としての活躍を

 期待しています」

 

 

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