◆ 取り出されたのは、古めかしい雰囲気を帯びた、大きく湾曲した剣。 日本刀とは刃のつき方が逆らしく、鎌の様に、相手に引っかけて切るのであろう。 「残念ながら、持ち帰れたのはこれだけだ。だが、盾に眠る顔は、我が胸の奥にある」 「何わけわかんないこと言ってんのさ」 そして、前田は、右手に剣、左手にハードケースを持って構えた。 ハードケースを前方に突き出している。盾の様に使うのだろうか。 「あんたと、やりあえっての?」 「そうだ。お前も、丸腰ではなかろう」 「… まあね」 私は、鞄から、小刀を2本取り出した。 「それが、お前の真の構えか」 腰から下が正眼と同様、右手の小刀を頭上に振り上げ、 左手の小刀は逆手に持ち、左胸元に添え、切っ先を相手に向ける。 これが、宮田家に伝わる、「陰陽の構え」。 おそらく、たたらの剣術から受け継がれたものであろう。 前田は、ハードケースの陰に隠れながら、ジリジリと間合いを詰めてくる。 ユキは、私達の様子をただ見ている。どうやら、彼女は傍観を決め込んでいる様だ。 「そんなものに隠れて、どうやって戦うつもり?」 その挑発には答えるつもりはない様だ。 ならば、とばかりに私は前田に向かって飛びかかる。 ハードケースごと前田を蹴り飛ばし、体勢を崩させるのが第一の狙い。 それを見越して前田が自ら防御を解くのも狙いだ。 だが、防御を解く気は無いらしい。ならば、蹴り倒す! その時、前田の剣がハードケース越しに私を狙ってきた! 私はそれをギリギリで回避する。 なるほど、湾曲した剣、古代欧州を中心に広まっていたらしいが、 その湾曲は、切断力を増すのみならず、盾や障害物越しに相手を攻撃できる利点もあったという。 ギリシア神話のある英雄も、この様な湾曲した剣を用いたという。 盾を駆使した戦い方が現在伝わっているが、なるほど、こういう戦い方をしていたのであろうか。 さて、となれば、どう攻めようか。 大きなハードケースの陰に隠れられては、相手の次の動作を見極める事ができない。 そして、うかつに近寄れば、ハードケース越しにあの剣の餌食になってしまう。 しかも、その反撃がどこから飛んでくるかはわからないのだ。 ならば、ハードケースを持つ相手の左手方向を狙う? 当然それも読んでいるだろう。 何とか素早く背後を狙えないものか? 前田相手にそれができれば苦労しない。 そうこう考えている間にも前田は間合いを狭めている。 この路地、そう言えば、この先行き止まりだったっけ? 追い詰められれば敗北は必至。どうする? 行き止まり…そうか。 私は、前田と一定の間合いを取り続けた。つまり、前田が詰めるのに応じて下がり続けた。 前田もそれに応じて、間合いを詰め続ける。 そして、どれほどの時間が経ったか、私の背後に、壁がある。 私は完全に追い詰められた形だ。 そして、前田が突っ込んできた! 私は、背後の壁を蹴り上がり、前田の頭を飛び越え、前田の背後に着地し、 躊躇することなく、前田に斬撃を加えようと振りかぶった。 だが、それを見越したかのように、前田はそれを剣でいなす。 だが、こちらには得物がもう一本。それで… その瞬間、私の右脇腹に衝撃が走った。 ハードケースによる一撃。盾は、必ずしも防御のためだけのものではなく、 この様に、打撃用武器としても威力を発揮する。 私は、あえて大きく横に吹っ飛び、衝撃を逃がし、転がりながら逃げて体勢を立て直した。 あそこで踏ん張っていたら、盾による押さえ込みの後、猛攻を食らってしまう。 盾による戦法は、現代人が考えている以上に豊富であり、そのほとんどが実戦的でえげつない。 盾は防具であり、鈍器であり、拘束具であり、場合によっては剣の様な切断武器である。 だが、この現代において、こんな盾を用いた戦術をどこで身につけたのだろうか? そのために海外へ? いや、数年修行したって実戦的な技術は身につくものではない。 実戦経験にしたって、こんな盾を駆使した戦争をどこの国でやっているというのだ。 それに、前田のこの戦い方は、熟練したものである。 まるで、そんな戦い方をしていた時代からずっと戦い続けているかの様な… そう言えば、変な事を言っていたな、「盾に眠る顔は、我が胸の奥にある」 そして、あの湾曲剣… まさか…?
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