俺は今、土間に正座をさせられている。

俺の頭の上には、水がたっぷり入ったバケツが乗っかっている。

俺の隣では、マオが同様に、バケツを頭に乗っけて座っている。

何で、こういうことになったか?

まあ、言わずもがなだが、一応説明させてもらうと、

クマとの勝負で、絶対絶命の危機に立たされた俺は、

やはり、人間がクマと戦うなんてことはしてはいけなかったのだ、なんて思うヒマもなく、

というか、思考そのものができない状態であり、当然、クマの次の一撃の予備動作が目に入っても

身動き一つできなかったわけだ。

もし、クマの一撃をまともに喰らえば、人間の頭など軽く吹っ飛ぶとさえいわれている。

だが、今の俺の頭は、ちゃんと胴体と繋がっている上に、水の入ったバケツを乗っけても平気な状態である。

何故か? そう、助けが入ったのだ。

助けてくれたのは、マオの父親。クマの平手打ちが、俺の頭に触れる直前に、俺達を抱えて連れ去ったのである。

おかげで、バケツの底の硬さと水の重さと冷たさを知る機会ができて、ありがとうございます。

で、この体勢で、先程から、マオの父親の説教をさんざん聞かされているわけである。

曰く、そもそも人間がクマと戦って勝てるわけがない、と。 わかってますって、

戦わせようとしたのは、隣にいるこいつでしょうが。

俺だって、あなたと同じく、あの日のマオの発言は、冗談だと思ってましたよ。

本当に、クマと戦わせられるなんて思ってもいませんって! どこのバラエティ番組の芸人だよ俺は!

言いたい文句は山ほどあれど、ぐっと飲み込む。ノッた俺も確かに悪い。

っつーか、こいつは反省してるのかね?

「ところで、おっ父」

お、マオが何か言う気だ。

「何だ?」

「小便がしたいのじゃが…

 まさか、余所の男が見ている前で、愛娘が漏らしているなんてシーンは

 父親として許されるものではないじゃろう?」

「…だから、さっき便所に行かせただろう?」

「ちっ…」

駄目だこいつ、全然反省してねえ…

「ところで、丸子よ」

「はい、何でしょう?」

「対処がまずかったとは言え、クマの平手を見切るとは大したものだな」

「いえ… 結局何もできませんでしたし、大事な刀も曲げてしまいました…」

「刀が曲がったのは、こいつの精根も曲がっているからだ。

 ともかく、お前の武道家としての素質はなかなかのものだな」

「いえ…そんな…」

「そんな素質を、つまらんことで失うのは惜しい。

 付け焼刃の剣術を習うことはやめて、実家の道場で本格的に学んだほうが良いのではないか?」

「…いえ… 実は、あの道場は、父が亡くなって以降、経営方針が変わって、

 今じゃ、古武術ではなく、近代的なスポーツ格闘技になっちゃってるんですよ…

 それが悪いとは言いませんが、俺は、父の教えてくれた武術が好きだった…

 ここで学んでいる剣術は、その武術に通じるものがあると、個人的には思っているんです」

「そうか… 今道場をやっているのは…」

「年の離れた兄です。これがなかなか強くって…

 俺がも少し兄に切迫した実力を持っていれば、今の方針に文句も言えたかもしれないんですが…」

すると、マオが

「お前が勝ちたいのは、文景殿ではなく、お前の兄じゃな?」

「そんなベタな思いはねえよ… それに、兄が道場を守ってくれているから、

 生活だってしていけるし、学校だって… クソッ…休んじまってるなあ…」

すると、マオの父親が

「ならば、そろそろ仕上げといくか? ここにいつまでもいるわけにはいかんだろう?」

「ですね… お願いします」

「っていうか、本当に便所に行きたくなってきたんじゃが…」  

 

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