◆ 教室に入るなり、猛烈な想念が、私の頭に入り込んだ。 思考が赤黒いノイズで染まる。 教室中の全ての人が、私に猛烈な反応を示している証拠だ。 恐らく、クラス中のほとんどが、例の夢を見た。全員かもしれない。 私のクラス内の立場も影響しているのであろう。 能力の制御を遥かに超えている。 だが、平静を装い、席につき、しばらくすると、ノイズが治まってきた。 私が慣れてきたのか、皆が飽きてきたのか、それはわからない。 だが、今度は、具体的な妄想が、形になって現れる。 皆が全く同じ夢を見たのなら、その夢の記憶が束となれば、小さな妄想も、 私には捉えられてしまう。 私が犯されるそのシーンが延々と頭に入ってくる。気が狂いそうだ。 いや、既に狂っているのかも。 とにかく、それにどうにか耐えていると、東子さんが教室に入って来た。 東子さんは、大きく渦巻く思考の痕跡が見えたのであろう。教室に入るのを一瞬ためらっていた。 そして、ホームルームが終わり、私は、教室から逃げる様に、東子さんを追いかけた。 「東子さん!」 すると、東子さんは、少し驚いた様な顔で振り返り、腫れものに触るかのような声で 「どうした?」 「さっきの教室の様子、どうでした?」 「…何だ? あの痕跡の禍々しさは… お前、何かやったのか?」 「…むしろ私は『やられた』側です」 「…?」 「東子さん、昨晩、何か夢を見ませんでした?」 「!」東子さんははっきりと驚く顔を見せた。 「さっき、ユキ…『白』に会った時、言われたんです、ある夢を見た、と。 そして、彼女のクラスの男子も、ある夢について噂していたそうです。 今朝、私が出かける前、まあ、東子さんは既に出かけていましたが、 皆の顔が妙に余所余所しかったんです。街で出くわす顔も、私を見て驚いていました。 皆… 東子さんも、見たんですよね…?」 「お前を… お前をあんな目に… あわせる夢… ああ… 見たさ… 私は、夢の中で… お前を…」 「つまり、男だろうが女だろうが、大人だろうが子供だろうが、関係なく、 多くの人が…どの程度の範囲かはわからないけど、私を犯す夢を見た、そういうことですよね?」 「そういうことに、なるんだろうな…」 「なるほど、多くの人の心に分散して存在する精神体… 鬼神の仕業…!」 「! つまり、私がお前を犯す夢を見たのは、私にそういう願望があるってわけじゃないんだな?」 「やだなぁ、そんな心配してたの? でも、鬼神が、そういう願望を皆の心に植え付けた可能性はあります」 「だとしたら… 私がああすることを望む事も…?」 「鬼神がそう思ったならば。それが、鬼ってものです。 悪いけど、認めてください。あなたが例え強い意思を持っていたとしても、 そうなったら、もう止められない事を」 私がそう言うと、東子さんは、恐ろしいものを見る様な顔になり、頭を抱え、うつむいた。 「と、東子さん… まだ、そうと決まったわけじゃないんだから…」 「お前… 駄目だ、ここにいては… いや…人がいるところはどこも危険だ… 誰もいないところ… いや… でも、鬼神が全ての人間を操れるならば… 編もコントロール下ならば… そうでなくとも… 編… お前は、何か夢を見たのか…?」 「誰かはわからないけど、何者かに犯された。おそらく、多くの人の意識集合体」 「お前も、鬼神の心に影響を受けてしまう… つまり、お前自身が鬼神から逃れる術は無いのか…?」 「ひとつだけ… 創造三種の力…」 「お前の中から鬼の要素を排除するのか…? できるのか?」 「理屈の上では」 「…それに賭けるしか… クソッ… いいか? できるだけ、平静を装え。 誰も刺激しない様に。そして、危険だと思ったら、すぐに、鬼の要素を捨てて逃げろ。 鬼に襲われる事態なら、神様だって味方になってくれるかもしれない。 いざとなれば、できることは何でもしろ」 「うん…! わかった!」 「いざとなった時に、私は何もできないかもしれない… もしかしたら、私がお前を… そういう事だってあり得る… ごめん…役に立たなくて…」 「ううん、東子さんがいてくれて、本当に助かってるよ。 ありがとう」 そして、二人で泣いて、東子さんは職員室に、私は教室に戻って行った。
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