ある日、私が一人で廊下を歩いていると、気配もなく、背後からぬっと顔を出す女子生徒がいた。

「!! ユキ! 殺しの腕は錆びてないみたいだね」

わざと、相手の癇に障る様なことを言ってみた。

だが、そんなことお構いなしに、ユキは屈託のない笑顔を見せる。

相手は精神を訓練された殺し屋だ。こんなことでは動じないのだろう。

「機嫌悪いねえ、何かあった? 行方不明騒動で孤立しちゃったから寂しいの?」

「こっちはあんたと違ってお気楽じゃないの。それにしても、あんた笑いすぎ。

 嬉しい事でもあったの? 前田の子でも妊娠した?」

すると、ユキは急に顔を下に向けた。耳まで赤くなっている。

「だ、だったら… もっと嬉しいんだけどな… そんなことやる様な仲じゃないもん」

まさか、そういう反応をされるとは思わなかったので、少々唖然とした。

こういう表情を見ると、正直可愛い子だ。だが、この子の本性は殺し屋である。それは忘れてはならない。

「じゃあ、何が嬉しいの?」

「堂座が、堂座が! 堂座が帰ってくる目途がついたって! 堂座が、もうすぐ帰ってくるんだよ!」

私は、戦慄した。あの前田が帰ってくる?

ただでさえ鬼の混乱がまだ後を引いているこの街に?

その時、私の中で何かが符合した。

鬼が現れる数日前。左角と思われる化け物が言った言葉。

遠くにいる、気の置けない私の知人。

前田の事!?

「ねえ、ユキ」「何?」

「前田は、今まで、どこで、何をしていたの?」

「へへー、やっぱ気になる?」

「当たり前でしょ? それがこの街に帰ってくるなんて、何を企んでいるの?」

「それはね…」

「…」

「ひみつー。今度、堂座に会った時、わかるよ」

「どうせ、そんなこったろうと思ったよ。まったく、あんたからはロクに心なんて読めやしないし…」

「ねえねえ」「何?」

「今の私達って、周りから見たら、友達同士に見えるかな? 見えるよね!」

「さあね、もしかしたら、レズかなんかに見られてるかも」

「わ! 私達、レズビアン同士? わ! わ!」

「こら! くっつくな! 気色悪い!」

なかなか引きはがせないユキの体温が、腕に伝わる。

殺し屋として育てられたこの子も、結局は人間だ。

友達を欲するし、人を愛する事も知っている。

…私も人間だ。だから、今の状況を、寂しいと思っている事は否定しない。

だけど、今は一人で立たなきゃ駄目なんだ…!

「編、涙出てるよ」

ユキが、優しく私の目を指で拭う。

「私の友達になんてならない方がいい… 皆いなくなっちゃうんだ…」

「殺し屋の私が、まともに生きながらえられるなんて、思っちゃいないよ。

 だけど…死ぬ前に、友達たくさん作りたいし、堂座ともたくさんお話したいし…」

「前田との子供も作りたいし?」

「わ!」

ユキは再び赤く縮まった。  

 

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