◆ ある日、私が一人で廊下を歩いていると、気配もなく、背後からぬっと顔を出す女子生徒がいた。 「!! ユキ! 殺しの腕は錆びてないみたいだね」 わざと、相手の癇に障る様なことを言ってみた。 だが、そんなことお構いなしに、ユキは屈託のない笑顔を見せる。 相手は精神を訓練された殺し屋だ。こんなことでは動じないのだろう。 「機嫌悪いねえ、何かあった? 行方不明騒動で孤立しちゃったから寂しいの?」 「こっちはあんたと違ってお気楽じゃないの。それにしても、あんた笑いすぎ。 嬉しい事でもあったの? 前田の子でも妊娠した?」 すると、ユキは急に顔を下に向けた。耳まで赤くなっている。 「だ、だったら… もっと嬉しいんだけどな… そんなことやる様な仲じゃないもん」 まさか、そういう反応をされるとは思わなかったので、少々唖然とした。 こういう表情を見ると、正直可愛い子だ。だが、この子の本性は殺し屋である。それは忘れてはならない。 「じゃあ、何が嬉しいの?」 「堂座が、堂座が! 堂座が帰ってくる目途がついたって! 堂座が、もうすぐ帰ってくるんだよ!」 私は、戦慄した。あの前田が帰ってくる? ただでさえ鬼の混乱がまだ後を引いているこの街に? その時、私の中で何かが符合した。 鬼が現れる数日前。左角と思われる化け物が言った言葉。 遠くにいる、気の置けない私の知人。 前田の事!? 「ねえ、ユキ」「何?」 「前田は、今まで、どこで、何をしていたの?」 「へへー、やっぱ気になる?」 「当たり前でしょ? それがこの街に帰ってくるなんて、何を企んでいるの?」 「それはね…」 「…」 「ひみつー。今度、堂座に会った時、わかるよ」 「どうせ、そんなこったろうと思ったよ。まったく、あんたからはロクに心なんて読めやしないし…」 「ねえねえ」「何?」 「今の私達って、周りから見たら、友達同士に見えるかな? 見えるよね!」 「さあね、もしかしたら、レズかなんかに見られてるかも」 「わ! 私達、レズビアン同士? わ! わ!」 「こら! くっつくな! 気色悪い!」 なかなか引きはがせないユキの体温が、腕に伝わる。 殺し屋として育てられたこの子も、結局は人間だ。 友達を欲するし、人を愛する事も知っている。 …私も人間だ。だから、今の状況を、寂しいと思っている事は否定しない。 だけど、今は一人で立たなきゃ駄目なんだ…! 「編、涙出てるよ」 ユキが、優しく私の目を指で拭う。 「私の友達になんてならない方がいい… 皆いなくなっちゃうんだ…」 「殺し屋の私が、まともに生きながらえられるなんて、思っちゃいないよ。 だけど…死ぬ前に、友達たくさん作りたいし、堂座ともたくさんお話したいし…」 「前田との子供も作りたいし?」 「わ!」 ユキは再び赤く縮まった。
|
|
ブラウザを閉じてください |