◆ 三学期が始まると、自分の将来を具体的に考える必要に迫られる様になったからか、 どことなく張りつめた雰囲気が漂い始める。 私は、家の仕事を続けるだけではあるが、一応、進学したいと思っている。 家業の役に立つかもしれないので、宗教学の分野に進んでみたいなあとか考えてはいるが。 それはともかく、新学期が始まって以来、丸子君はすっかり黙りこくっている。 なんとなく一緒にはいるが、会話は無い。さりげなく笑顔を向けたりしても、特に反応は無い。 一応、心はちゃんと読み取れるので、全く無視されているわけでは無さそうだ。 しかし、読み取った心はどれもこれも、整理がついていない状態で、正に心ここにあらずである。 ある日、帰る方向は違うが、無理やり一緒に帰ってみることにした。 もちろん、丸子君には無断である。 それでも、つきまとう私を邪険にしたりする様なことはない。 何故だか、胸が痛い。丸子君の顔をちゃんと見れない。 勝手につきまとっている私の方が、辛い気持ちになっていく。 まるで、丸子君の心境が、私の心に直接入り込んでいる様な… そうなんだ、丸子君の悲しみは、私の悲しみなんだ。 私は、自分の愚かさに今更身震いした。 丸子君は、能岡さんと結ばれることなんてないことを私は知っていた。 文景さんという存在に気付けば、諦めてくれる、と思っていた。 だけど、まさか、こういう形で引き裂かれるだなんて… 私は、思わず足を止めた。 すると、しばらく歩いて、丸子君も足を止めた。 「… どうした?」 「私… あなたを騙していた… 能岡さんには… 好きな人がいる事を… 私… 知ってた…」 「…」 丸子君は黙って聞いている。 そして、 「…お前は、優しすぎるんだよ、気遣ってくれなくても、ちゃんと言ってくれても良かったんだぜ? 俺はそんなことじゃ、諦めないからな。だけど、ありがとう、気遣いには感謝する」 違う、優しいのはあなたの方だ。 私は、あなたが能岡さんを諦めてくれれば、あなたを手に入れられると思ったんだ。 口にはできない、胸にしまい込んだ言葉に、私自身が驚いた。 そして、納得した。 そうなんだ、そういうことだったんだ。 「私は… あなたが、能岡さんのことで辛そうなのが… 本当に…嫌で…辛くて…」 「ああ、辛い」 「ごめん… 力になれなくて…」 「ちげえ! 俺は、お前が辛そうにしているのが、辛いんだ!」 「…え…?」 「お前は親友だ! 親友が辛そうにしてて、俺はそれにどう応えたらいいのかわからなくて… ああ、もう、クソッ! どうすりゃいいんだよ!? とにかく! お前は何も気にする必要は無いんだ! とにかくお前は笑ってりゃいいんだよ! お前の笑顔は可愛くて好きだ! 能岡の次にな! じゃあな、また明日な!」 そう言って、丸子君は走り去って行った。 …親友…か… だけど、最後のあれは、どういう意味だったんだろう…? 「…可愛くて好き…」言葉に出して言ってみたら、急に恥ずかしくなった。 「可愛くて好き…」「可愛くて好き…」「可愛くて…」何度も繰り返してみた。 自分の顔が赤くなったのがはっきりわかる。 ついでに、頬もゆるむ。 心拍数も高くなる。 能岡さんのことがなければ、そのまま小躍りしていたに違いない。 だけど、もし、そういうことになっても、結局、私は能岡さんの代用品か… 別に、嫉妬は感じない。そもそも、能岡さんの代用品というポジションに収まる作戦だったのだ。 だから、何も、卑下する必要は無いのだ。だけど、何故か、むなしい。 結局、自分自身を過小評価するクセは昔のままだ。
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