朝、一緒に登校するために、能岡さんとは決まった場所で待ち合わせをしている。

だが、その日は、いつになっても一向に来る気配が無い。

このままでは遅刻だ。だが、連絡を取ろうにも、能岡さんは携帯を持っていないので、どうしようもない。

「昨日、丸子君変なこと言ったんじゃないかな…?」

埒が明かないので、ノートを破り、先に行った旨を書き、重石を乗せて、その場を立ち去った。

すると、向こうに見覚えのある背中があった。

「ユキじゃない、チンタラ歩いてると遅刻するよ」

と、言うと、ユキは、何か含みのある笑顔を浮かべ、言った。

「そっちこそ、ずいぶん呑気だね」

「? 何? 私に何か文句あるの?」

「んーん、全然無いよ、むしろ滑稽」

なんだかよくわからないが、とにかく腹立たしいことは確かだ。

確かに、正体不明の不安があるにはあったが、その時は、腹立たしさが優先してしまい、

私は無言で走り去った。この時に気付いていれば…いや、その時気付いたとして何の意味も無いのだが。

遅刻ギリギリで学校につくと、やはり、能岡さんは来ていない。

「何だよ、一緒じゃねえのかよ?」

「一応、先に行ってるって書置きは置いといたけど…」

「自宅まで行かなかったのかよ?」

「能岡さんは、電車だよ? 近いけど、それやったらさすがに遅刻だよ」

「…ああ、悪かった…」

「あんた、変なこと言わなかった?」

「言ってねえよ! リハーサル通りやったよ! 今だって台本ソラで言えるぜ!」

「わかった、わかった、とにかく、私が後で連絡入れるから…あ、先生来た」

二年になってから、私の担任は、東子さんになった。偶然なのかどうかはわからない。

とにかく、今朝、教室にやって来た東子さんの顔は、

笑顔の下にものすごい複雑な不安を溜めこんだ様な、何とも言えないものだった。

「じゃあ、出席取るね、阿合さん…」

そして、

「能岡さん… は、体調を崩して、しばらく休むとの連絡がありました」

嘘、はっきりとわかる。

丸子君も私の顔を見ている。体調を崩して休むなんて、私の耳に入ってなきゃおかしい。

朝のホームルームが終わり、私が先生のところへ駆けだそうとすると、丸子君も立ちあがった。

私は、丸子君をなんとか制止する。

「私が聞いてくるから! 丸子君はとにかく落ち着いて!」

言ってる私が慌てているのはわかっている。とにかく、話を聞かねば。

「東子さん!」学校だというのに、家と同様、名前で呼ぶ。

東子さんは、静かに振り返り、何かを噛み殺すかのように歯を食いしばっている。

能力を使っても、東子さんの思考を読むのには相変わらず制限がかかっている。

いや、今日の制限は特に強い。簡単な部類の精神結界を張っている様だ。

「そこまでして、何を隠すんです? 組織に何かあったんですか? そうですね?

 それに能岡さんも…?」

「…それがわかったのなら…もう、いいでしょ…?

 いい? この件に絶対に関わらないで… お願いだから…!」

「東子さんらしくないよ、真名ちゃん達の時は、私に頼ってくれたじゃん!」

「あの時と今度は、全く違う…! お願いだから…!」

「じゃあ、ひとつだけ、答えて… 能岡さんは、無事なの?」

「…無事… 無事のはず… 波鐘がいるんだもの… あいつがいるんだもの…!」

「文景さんも一緒なんだね?」

「そうだよ…! だから、安心なんだよ…!」

その言葉は、私ではなく、自分に言い聞かせている様だった。

「わかった… じゃあ、今は… だけど、能岡さん、いつかは戻ってくるんだよね?」

「決まっているでしょう! 波鐘がいるんだから!」

東子さんが強い口調で怒鳴った。

「…わかったよ… 信じる、文景さんを… あの人強いもんね」

「そうだよ…あいつは強いんだ…あいつは…」

東子さんはぶつぶつつぶやきながら去って行った。

後ろで、丸子君が立っているのに気付いた。

「何か、深刻な感じだったんだが… そんなに体調悪いのか…?」

話の細部は聞かれていない。

「大丈夫だから… とにかく、落ち着いて… 授業始まるよ…」

自分に言い聞かせるように、そう言って、私達は席に着いた。  

 

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